劉逸民 思い出の野生蘭

 

 

劉逸民 {思い出の野生蘭} 「多摩蘭友会25周年記念誌」 平成 3年(1991年)2月10日 p.32-35.  

私が蘭科植物に興味を持つようになったのは大学に入ってからのことである。山歩きが好きで、休日になるのを待ちかねては近くの丘、遠くの山へと足を伸ばした。また植物分類学教室の標本採取旅行には飛び入りで毎年欠かさず参加した。南投県の渓頭にある台湾大学の広大な演習林をはじめ、阿里山、玉山(新高山)、北部の太平山、台北近郊の烏来、阿玉、東部花蓮の木瓜山、台東の知本、離れ島の蘭嶼(紅頭嶼)などの山々を歩き回ったものだ。標本を集めるのが目的なので、胴乱、野冊から古新聞紙まで必要装備一式に加えて道々作る押葉標本は増える一方だからその重いこと、さらに強い日差しやら時ならぬスコールやら、蛇も出れば、虫にも刺される、と今思えば実際並大抵のものではなかった。ところが、そうやって苦心して歩いているときに、時折運よく野生蘭を見つけることがあって、これが何よりの楽しみでもあった。特に可憐に開花している株を見つけたときには、嬉しさもひとしおで思わず歓声も上がるのだった。  
野生蘭は種類も多いが、何より神出鬼没である。人の手の届かない大木の梢に着生してこちらを見下ろしていたりする。とうてい近寄ることのできない崖っ淵に秘やかに佇んでいたりする。まさにこれは高嶺の花で、こちらとしては、ただただ指をくわえて見ているしかなかった。
野生蘭には洋蘭に見られる華やかさはないが、それぞれに個性があって見れば見るほど愛らしい。
 さて、採取にあたっては、かの植物分類学の指導教官に常々注意されたものである。「自生地に僅かしか見あたらない場合には記録のみにとどめ、採取は見合わせること。数多く自生している場合にも採取は二三株どまりとすること。」植物の分布や生態に関する学術調査、研究のためにも、また自然保護の観点からも採取者は良識を持って乱掘による種の絶滅を未然に防ぐよう心がけるべきだと諭されたのである。私はその教えを今もって守っているし、また若い人たちにもそうすることの大切さを話して聞かせてきたつもりである。実は二十年ほど前から台湾の野生蘭に目を付けた日本の業者が現地住民に委託して乱掘乱採の限りを尽くしている。どれもこれも根こそぎ持っていくので、台湾の野生蘭は今では絶滅の危機に瀕しているという。先年台北近郊の原生林を歩いてみたが、かつてはたくさん見られた寒蘭が、影も形もなくなっていたのには非常にがっかりさせられた。野生蘭の輸出入を禁じたワシントン条約の発効は台湾に関しては遅きに失したといわざるを得ない。  
一九五五年謝阿財の記した台湾の蘭の目録には台湾産野生蘭は三六六種と記載されている。それから三五年たった今、新しく発見されたものより絶滅種の方がはるかに多いのではないかと案じられる  
話を元に戻すと、当時台湾大学の押葉標本館わきには、竹とよしずで四方を囲った十二坪ほどの小屋があって、採取してきた蘭はそこで育て、開花を待っては、精密なスケッチをしたものである。私が蘭の栽培を楽しむようになったのは、今にして思えば、この頃の野生蘭との付き合いに始まったようだ。以来、洋蘭、東洋蘭といろいろ手掛けてきてみると、どれもそれぞれに心に残るものがあったのだが、それにしても大学時代に山を歩きまわって採取し、自分で育てて開花させた数種については格別に思い出深いものがある。
(1)Pleione formosana タイリントキソウ(写真1)  
中国名は独蒜蘭または椿柱蘭、台湾での俗称は一葉蘭。台湾中央山脈の海抜二〇〇〇∼三〇〇〇mの高地に広く分布している。私が見たのは、何畳もある巨大な岩肌に所狭しと密生している、それは見事な群落であった。開花期にはどんなにか壮観だろうと想像された。数個のバルブを持ち帰って植えた。翌年実に美しい淡紫色の花をつけたが、株は二∼三年で枯れてしまった。採取の都度栽培を試みたが、結局平地ではうまく育たなかった。多摩蘭友会に入会したばかりの頃、土屋会長が見事に咲かせたピンクと白花の二鉢を例会に出品されたのを見て愕然としたのを覚えている。それから数年して、園芸市で買い求めた一バルブで再度挑戦した結果、今ではバルブも増え、花も多数つけるようになった。
(2)Phaius tankervilliae カクチョウラン(写真2)  
中国名は鶴頂蘭または鶴蘭。台湾での自生地は北部及び東部の低地山岳地帯と蘭嶼。地生蘭で草姿はエビネに似ているが数倍も大きく、花は花弁の内側が暗褐色、堸が白色、リップはピンク色で、正面より見たところはあたかも飛んでいる鶴の姿である。十数年前、私は烏来の山中で見つけ、その株の先端バルブを一個だけ採取して育てた。三年して二本の花茎に多数花をつけた。ちょうど、本会の春の蘭展の時で、それを出品して初めて入賞したことが思い出される。
(3)Dendrobium Miyakei ベニバナセッコク(写真3)  
本種は蘭嶼と緑島に自生するもので、私にとっては最も思い出深い蘭である。大学最終学年の夏、当時島(蘭嶼)へは船・飛行機の便がなかったため、海軍の舟艇で渡してもらった。なお島には恙虫病があって、大変苦労の多い大掛かりな遠征であった。その時の遠征で採取した野生蘭のうちの一種がベニバナセッコクである。本種は他のセッコク蘭とはかなり異なった特徴をもっている。幹は数年間成長し続け、落葉した節に濃い朱色の可憐な花が十輪前後房咲きする。花期は不定で年に数回咲き、また数年に渡って同一幹に花をつける。高芽は極稀にしか出ない。                 
一九九〇・七・二八