建国から今日まで時代の空気描く アメリカ自由と変革の軌跡 書評


東京大学準教授 宇野重規  SUNDAY NIKKEI 2009年3月22日 デイビッド・ルー (David John Lu, 1928- )

『アメリカ 自由と変革の軌跡 建国からオバマ大統領誕生まで』日本経済新聞出版社  2009年1月


台湾出身で、長く米国で教鞭をとった歴史学者が、日本語で書き下ろした米国の通史。このような紹介は、本書に描き出される米国史像が極めて独自であることを予想させる。しかしながら、建国からオバマ大統領誕生までを一貫した視座の下に説いて見せる本書の叙述は、積極的な意味において正統的なものである。

米国の民主政は完璧なものではなく、その歴史は多くの失敗にみちている。しかしながら、をのことは柔軟さとも結びつき、米国史は対立する利害の衝突を繰り返しながら、一歩一歩自由と変革を実現してきた。この柔軟性を可能にしたのがなんであったのか、著者は時代ごとに探っていく。

著者が独立前の米国の精神的象徴としてあげるのが、「宗教大覚醒」運動の指導者であり牧師であったエドワーズと、庶民の哲人であり実践的な政治家であったフランクリンである。対照的な二人であるが、庶民に関心を持ち、既成秩序の変革を目指した点では共通していた。

この二人こそが、米国思潮の多様性と統一性を表しているとする著者は、宗教の道徳性と政治的実践性の微妙な関係のうちに、米国史の特色をみる。クリントン大統領に代表される道徳の放縦とミーイズムを批判し、宗教と伝統的道徳を強調する著者は、他方で政治における抽象的な理想主義を批判し、意図と結果が決して一致しない政治の世界の現実を描き出す。

レーガンをフランクリン・ローズベルトに匹敵する、二十世紀の最も偉大な大統領と評価し、ブッシュ大統領のイラク戦争についても、その積極的側面を指摘する著者の政治的スタンスは明らかであるが、評価の基準は一貫している。多様な時代の空気を描き出す筆致には生彩がり、大部の著作であるが、一気に読み通せる。

唯一、著者の経歴が反映されているのは、日本への言及の多さである。旧制台北高等学校に学んだ著者は、米国の歴史と未来を、日本のそれに重ね合わせる。西行や司馬遼太郎までが出てくるという意味では、極めて個性的な米国通史である。